フランス改革 マクロン大統領の挑戦 〜フランス国鉄ストライキ〜
マクロン大統領の国鉄改革案に反対するフランス国鉄(略称:SNCF)で労働組合によるストライキが続いている。4/3から始まったこのストライキは、3ヶ月以上続く予定で、その影響は計り知れない。
国鉄の労働組合が大規模ストライキを起こして、国内を混乱させるのは日本と似ているが、その真意や状況は実際どうなのか。分析してみる。
1. 暗黒の木曜日
ストの影響により、パリでは数万人規模のデモが行われており、警官隊との衝突もある。4月3日の高速鉄道TGVの稼動率は12%にとどまり、TGVの格安版「Ouigo(ウィゴ)」は全面的に停止した。AFP通信によると、地域の鉄道は稼働率は20%にとどまっている。イースター休暇明けの利用者にはまさに「暗黒の木曜日」である。
国際鉄道では、特別急行「ユーロスター」は約75%が運行を続け、ベルギーやオランダ、ドイツとを結ぶ「タリス」は約90%が稼動するため大きな影響はない。
しかしながら、77%の運転士がストに賛成している状況では通常運行は難しいだろう。
ストによる列車への影響は次のとおりである。
BBC France strike: Rail misery as three-month action tests Macron
国鉄の労働組合は、5日間のうち2日ストをするという形を6月末まで続ける予定である。
2. 因縁
労組の基本的な目的はマクロン大統領への政策への批判だ。投資銀行出身の彼の政策の根幹は穏やかな財政改革であり、ドイツや北欧を参考にしている。
主な改革は以下の通りだ。
1, 法人税や低賃金労働者の給与税の引き下げ
2, 企業の解雇費用の抑制
3, 企業レベルでの労働条件設定の容認
4, 社会保障制度への労組の関与抑制
5, 政府規模の小幅縮小
今回の国鉄の改革に直接関わってくるのは5だろう。フランス国鉄職員はかなりの好待遇があることで有名だ。
SNCFの職員は恵まれた待遇を受けており、毎年自動的な賃金引上げや退職年金の早期の受給、年間28日に及ぶ有給休暇や雇用保障などがある。また近親者は無料で鉄道が利用できる。
以下のwebサイトより引用 http://www.bbc.com/japanese/4362495
JRでさえ、自社路線のみのの乗り放題なのになかなかの好待遇である。
しかも、ある職員が人事異動の際の連絡を受けずに自宅待機の状態で月収約75万円を受け取っていたというスキャンダルもある。
それで良い財務状況ならまだ弁解の余地があるが、国鉄は年間30億ユーロの赤字を出し、累積赤字が470億ユーロとなっており、マクロン大統領はこの優遇措置を段階的に廃止し、民営化への道筋を整えたいと考えている。
しかしながら、労組側は政府の推進してきたTGVへの過剰投資が債務の要因とし、終身雇用や昇給、早期退職の権利を失うことへの懸念を強めている。
3. フランスの憂鬱
このような国鉄の状況を国民はどう思っているかというと、世論調査では70%以上が政府の改革案を支持している。
ストによる運休の影響で予定を狂わされるだけでなく、さらに好待遇の国鉄職員を国民が許すわけがない。
だが、国鉄職員もこの既得権益を手放したくないだろう。それにはフランスが厳しい財政状況にあり、将来に不安を隠せないからという理由もある。そこで、主なフランスの問題をまとめてみた。
高い失業率
フランスは2010年代から10%以上の失業率を記録している。(ドイツ・日本は3%)
ソ連顔負けのガチガチの労働市場
フランスの労働市場は、何層かに分かれています。もっとも頂点にいるのは日本と同じ公務員で、高賃金で終身雇用されています。しかもその公務員が日本よりさらに高率で、全労働者に対する割合は2割を超えています(2005年:20.8パーセント。日本は8.1パーセント)。それに次ぐのが大企業の正規雇用者で、終身雇用で比較的高賃金です。これらの労働エリートには、勤務時間を短くする法律まで用意されています。
それ以外の労働者の賃金は高くなく、終身雇用もされていません。そして外国人労働者は長時間労働の上に、身分保障もわずかしかありません。こういった差別的な労働者の階層構成がなされているのがフランスです。そして、それら階層間の移動がないのです。フランスでテロが頻発するのは、大きな不満をもつ階層が多くいるせいです。
この引用記事にもあるようにフランスの労働市場は、つまり「階層の差があまりにも激しく、国鉄などの公務員は終身雇用の高賃金で保証も厚い」のである。
社会主義国のような弊害がフランスでは起きているのだ。
これではマクロン大統領の目指す自由市場など夢のまた夢。マクロン大統領はここを崩そうとしてるからこそ、労組の反発を食らっているのである。
4. 日本との違い
国鉄ストと聞くと、60年代の日本における国鉄ストが思い浮かぶ。今回のフランスのストをたまに日本のものと混同して議論する人がいるが、実際の当時の日本と今では状況がフランスの今回の状況とどう違うのかをまとめてみる。
失業率
まず、当時(1960年〜1970年)の日本の失業率は約1%台である。高度経済成長期でもあり、かなり低い水準である。つまり、失業率は日本のストとの関連性は薄いと言える。
労働市場・労働条件
周知の通り、日本も終身雇用制の国である。しかしながら、高度経済成長期の影響により労働市場は常に人材不足であり、あきらかに現在のフランスとは状況が異なる。
また、待遇についてだが、日本の国鉄職員は「公労法」という法律で生活が保障されており、給料も「民間賃金準拠」といって、民間中堅企業などの平均賃金をもとに給与水準を決められていた。
国鉄の赤字
日本は民営化手前、25兆6000億円の長期債務と、さらに民営化にともなう年金負担などの将来費用5兆6600億円を加えた赤字は37兆1100億円に昇った。フランスは累積赤字約470億ユーロ(約6兆円)である。
政治的側面
日本国鉄の労働組合である「国鉄労働組合」は、共産党や社会党との繋がりが深かった。春闘の時でも、「勝ち取った」ベースアップがたった200円という、なんとも人騒がせな運動であった。
このような点から日本における国鉄ストは、「労働条件改善や権益保持」そのものよりも、「共産党などと共に現政権への攻撃への一翼を担っていた」役割の方が強い。
しかもその内容は鉄道を過剰に長時間停車させてダイヤを乱したり、積極的にストに参加しない職員の妨害や鉄道部品の破壊などもはやテロに等しいものであった。最盛期は11万人が労組に加入していた。
フランスの場合は、もちろん労組の政治への影響も大きいがどちらかというと「権益保持」の方が主要なストの目的と言える。
以上のようにフランスのストは日本のように政治的様相を持っていたというよりも、「失業率などに起因する不安定な社会の中での権益保持のために行なっている」
が真意だろう。
5. SNCFの羽ばたく日
ここまで、フランス国鉄のストについてと日本のストとの違いを述べてきた。
ここからは、自分なりのフランス国鉄の今後について書いていこうと思う。
個人的には、マクロンの改革案に賛成している。
なぜなら国鉄がフランスの財政難の一翼である以上、フランス経済活性化のための起爆剤になる必要があるからである。
EUからのイギリス離脱の原因でもあるように、EUの共通通貨ユーロには自国で通貨の調整できないことから、どうしても財政再建が難しい欠点がある。
自国の通貨の供給量を調整できないため、ドイツや北欧は柔軟な労働市場を作り上げて社会保障制度を充実させて、古い制度や産業を消滅、または新しい産業と組み合わせたグローバル化を進めていった。
それができないフランスはこのままでは衰退し、それによるテロなどの政情不安は増える一方であろう。
そしてその改革を阻む原因がフランス国鉄などの既得権益である。
しかし、従業員数約14万人の巨大なフランス国鉄が変革に成功すれば間違いなく他の企業や政府機関もそれに追従する他なくなる。だからこそ、フランス財政改革における起爆剤をとなりうるのである。
だからこそマクロン大統領には「テロには屈しない」だけではなく、「ストには屈しない」を掲げ、頑張って欲しいと思う。
鉄道市場は2020年に22兆円に膨らむとされる大きなビジネスチャンスである。彼らはこれから、すでに欧州で鉄道を運行している日本を含め、これまではいなかった様々な競合と戦わなければならない。
これからの展望を考えてもフランス国鉄が改革の必要に迫られているのは確かである。
鉄道はレールの上を走るが、経営はそうはいかない。新しいイノベーションが不可欠である。
あの世界最速の鉄道TGVを作り上げ、世界の先頭に立ったフランス国鉄。
砂上の楼閣と化している今、それを再び世界一に変えることができるのは彼らだけである。
この記事は個人的な主観に基づいたものなので、自分の見識を深めるためにも是非みなさんの意見をお聞きしたいです。記事の情報の間違いなども教えていただけると幸いです。
↓ 次作
末筆ながら最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。最後に海外の鉄道事情にさらに詳しく書いてある面白い本を紹介します。